東京高専 水戸研究室

タイ高専勤務から帰国しました

2023年4月から2025年3月までの2年間、タイにおける高専教育プロジェクトに携わり、このたび帰国しました。

外国で高専型教育に関わるという経験は、思っていた以上に学ぶことの多い時間でした。制度や文化、教育の進め方の違いに戸惑う場面もありましたが、現地の教職員や学生、関係者の皆さんに支えられながら、試行錯誤を重ねた2年間だったと感じています。振り返ってみると、本当にあっという間でした。

タイは、穏やかな人柄や豊かな文化、おいしい食事など、暮らしてみて改めて魅力を実感する国です。加えて、外国資本を受け入れながら工業化を進め、製造業の拠点として発展してきた背景もあり、社会全体に前向きなエネルギーを感じることが多くありました。

タイ高専での教育には、良い点がたくさんありました。実学を重視し、分野をまたいで学べる柔軟なカリキュラムは、これからの技術者教育にとってとても理にかなったものだと感じました。また、ICTを積極的に活用し、授業や課題、学生とのやり取りを効率化していた点も印象に残っています。こうした取り組みは、日本の教育現場でも参考になる部分が多いと思います。

一方で、教育に関わる立場として考えさせられることもありました。工学を学ぶ学生が多くいても、その専門性がそのまま社会での評価や将来の選択肢につながるとは限らない、という現実です1。優秀な学生ほど、必ずしもエンジニアの道を選ばない場面を目にし、これは学生本人の問題というより、社会全体の仕組みや価値観の影響が大きいのだろうと感じるようになりました。

日本では、エンジニアが身近な存在として社会に根付いていることを、つい当たり前のように考えてしまいます。しかしそれは、長い時間をかけて教育と産業が人材を育ててきた歴史の上に成り立っているものです2。海外で働いてみて、そうした背景を改めて意識するようになりました。

今回のタイでの2年間は、日本の高専教育を外から見直す良い機会であると同時に、タイという国が持つ可能性を感じる時間でもありました。学生たちの素直さや学ぶ姿勢、教職員の誠実さには、心から敬意を抱いています。加えて、学生の能力という点では、タイ高専の学生たちは、英語力に加え、積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿勢や、プレゼンテーション能力に特に優れていると感じました。自分の考えを相手に伝えようとする姿勢は、非常に印象的でした。環境や仕組みがさらに整えば、タイから多くの優れたエンジニアが育っていくのではないかと感じています。

この経験を今後の教育・研究活動に活かしながら、日本の高専教育の良さを大切にしつつ、タイをはじめとする国々との協力関係を、無理のない形で少しずつ深めていければと思っています。


  1. 三井物産グローバル戦略研究所
    「中所得国の罠と産業高度化 ― タイ経済の構造転換を中心に ―」
    三井物産グローバル戦略研究所レポート、2025年
    https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2025/02/27/202502_Yoshida.pdf ↩︎
  2. 加藤詔士(2020)「エンジニア教育の創出」
    季刊大林No.60『技術者』、大林組
    https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/detail/kikan_60_katou.html ↩︎